-
- Writer
イエノミクラブ編集部
ワインと添加物
ワインを飲んでいて、「添加物」が気になったことがある人は多いのではないだろうか。とくに近年は極力“なにも足さない”ことを志向するナチュラルワインがブームとなったこともあり、添加物は健康に悪いのでは? 人工的な味になるのでは? と思われることもある。ワインの添加物として有名なのは、アカシア(アラビアガム)やCMCなどの安定剤、ソルビン酸(保存料)、VC(酸化防止剤)といったもの。
塊、あるいは粉末状のアラビアガム photo by Simon A. Eugster |
果たしてこれら添加物は本当に“よくないもの”なのだろうか? そして、醸造の現場ではなぜ添加物が使われるのか? SNSで積極的に情報発信を行う醸造家・Nagi氏に、株式会社都光社長でワインインポーター/ソムリエの戸塚尚孝が聞いた。
添加物はワインの味わいに影響する?
戸塚 | 今日は添加物の影響についてお聞かせください。ズバリ、添加物を使うことで、ワインの味わいに影響はあるのでしょうか? |
Nagi | 味の変化が出ることはありますが、それは添加剤による直接的な影響ではない、つまり添加剤の味や香りではないことがほとんどです。たとえば、緑茶飲料にはよくVC(酸化防止剤)が添加されていますが、その味がわかるでしょうか? また、たとえばアカシアなどの安定剤は、「ワインの『味』を安定させること」が役割だと思われることが多いようですが、実際はそうではありません。 |
戸塚 | 「添加物が入ったワインは画一的な味わいがする」と言われることもあるのですが、実際は味わいには影響しないということでしょうか? |
Nagi | アカシアの場合は乳化剤なので、液体の粘度に影響を与えます。その結果、ワインを飲むときの口当たりが変わり、それが味覚に影響することはあり得ます。実際に味には影響しないけれど、味覚には影響するというケースはあります。 |
安定剤「アカシア」はワインのなにを安定させるのか?
戸塚 | なるほど。たとえば例にあがったアカシアは安定剤ですよね。これには液体の粘度を変えるほかに、どのような効果があるのでしょうか。 |
Nagi | この場合の「安定化」とは「抑制」と言い換えてしまって問題がありません。CMCは主に酒石酸の沈澱防止、アカシアはタンニンを含むフェノール類や金属系化合物の沈殿防止に用いられます。またアラビアガムを添加することでスパークリングワインの泡持ちがよくなることもわかっています。アカシア自体は無味無臭の物質で、基本的には色味以外では官能評価への影響を及ぼさなかったという報告があります。 |
戸塚 | アカシアは、アラビアガムとも呼ばれますよね。どのような物質なのでしょうか。 |
Nagi | アラビアガムノキと呼ばれる種類の樹から採取される樹液から作られています。100%天然由来のもので、アラビアガムノキがアカシア属に属するため、ワインのバックラベルには「安定剤(アカシア)」と表記されることもあれば、アラビアガムとかアカシアガムと表記されることもあります。全世界における年間の消費量は60,000トンにも上るともいわれています。 | アカシア ニロティカ(アラビアゴムモドキ)からにじみ出るアラビアガム photo by Ashwin Baindur |
戸塚 | 60000トン! それだけ使われるアカシアですが、750mlのワイン1瓶にどの程度の量が入っているものなのでしょうか? |
Nagi | 添加剤の添加量には法的な上限があるため、どんな生産者であってもそれを上回って添加することはありません。一方で、規定値以下であれば何グラム添加するかは生産者ごとの判断です。そしてその判断はワインごとの状態に基づいています。つまり、どれくらい入っているのかは「ワインの状態による」ということになるんです。いずれにせよ、添加物はワインをおいしくもしませんし、まずくもしません。“時間の節約”が主目的だと思っていただいて良いと思います。 |
戸塚 | それはどういうことでしょうか。 |
Nagi | 専門的なことは省きますが、たとえば造ったワインは数か月、時には数年寝かせて安定化させる必要があります。しかし、添加物を使うことですぐにボトリングできるようになるんです。本来であれば渋みや収斂感のあるはずのワインが、いきなり“飲みごろ”のような印象になるといえばわかりやすいでしょうか。 |
高級ワインにはなぜ添加物が含まれないのか?
戸塚 | 時間の節約=熟成時間のショートカットということですね。一方で、高級ワインにはこのような添加物は含まれませんが、それにはどのような理由があるのでしょうか。 |
Nagi | 必要なワインに必要な処理をする、という前提に立っています。仮に高級ワインと呼ばれるワインに添加物を使用したとして、そのワインを高く買ってくれるのでしょうか? おそらく添加物などを使っていない=手間をかけている=高級と考えていらっしゃるはずです。高級だから使わない、ではなく、使わないから高級なのです。そしてそれを規定しているのは生産者ではなく、ワインを買う立場にいる皆様です。 |
戸塚 | なるほど、逆にいえば添加物を上手に使うことで手間を少なくし、その分買いやすい値段にしている、ということでもありそうです。また一方で、添加物は健康に悪いのでは? と思う方もいらっしゃいます。その点についてはアカシアは天然のものなので問題ないという話を生産者に聞いたこともあります。 |
Nagi | 食品添加物として認められているということは公的にも健康への影響はないと判断されている、ということです。また天然だから身体に問題なく、人工だから悪いという認識がそもそも誤解です。 |
添加物の使用は「地球にやさしい」ことも
戸塚 | 化学調味料をめぐる議論に近いかもしれませんね……。CMCに関しては、電気使用量を抑えるため、エコのために使うという話も生産者から聞いたことがありますが、実際にそのようなことはあるのでしょうか? |
Nagi | たしかにそのようにおっしゃる生産者は存在しますし、添加することで電気の使用量を抑えられることは事実です。というのも、酒石酸を抑制するためにはワインを冷やす必要があり、ワインを冷やすためには多大なエネルギーを使うんです。そのエネルギーは、CMCを使うことで抑制できるわけで、そのほうが環境負荷は低いわけです。私個人の見解として、電気代を節約するために添加剤を入れたとしてもそれを否定する気はありません。それは生産者それぞれの考え方ですから。 | CMC(カルボキシメチルセルロース)の粉末 photo by LHcheM |
戸塚 | ワイン造りにおいてなにを重視するのか。生産者それぞれに考え方があるということですよね。 |
Nagi | 添加物を使わなくてもワインを造ることはできます。しかし、“使わない”ということはコスト増を意味するんです。大型の装置や手間、時間……添加物は、それらのコストを下げることができます。添加物をバックラベルに記載することは、ブランドイメージを毀損することはあれど、高めることはありません。それでも使うのは、そこに大きな理由があるのです。その背景には、気候変動によって10年前、20年前とはワイン造りの前提が変わっているということもあります。今までと同じような手法ではワインが造れない時代になってきてもいるんです。 |
戸塚 | なるほど、添加物に対する見え方がずいぶん変わったように思います。今日はありがとうございました! |
Nagiプロフィール ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。ドイツ国内の複数のワイナリーで醸造長を務めたのち、帰国。現在はフリーランスとして活動中。 | |
戸塚尚孝プロフィール ワインインポーター。株式会社都光社長。(社)日本ソムリエ協会認定ソムリエ、ボルドー ボンタン騎士団コマンドール、シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ |
その他ワインに関する記事はこちらからご覧ください
-
Writer
イエノミクラブ編集部